海外評

目だけでなく五感全てで思考し、
目の前の映像の向こう側へ行くことを強いる作品だ。
『The Hollywood Reporter』 Boyd van Hoeji
『カニバ』はルノアールの絵を彷彿とさせる。
我々が持つ暗い妄想を“消化”し、
不快感に対する 覗き見的関心を映し出す。
『Dirty Movies』
「近年公開された無数の作品の中でも、
『カニバ』は最も病的な映画だ。
『venews』 Adrea Falco and Chiara Sciascia
『カニバ』は私が見た中で最も挑戦的かつ不穏な映画だった。
映画的な恐怖、ショック、挑発の連続にさらされた。
『The Globe And Mail』
佐川一政の肉体がカメラに喰われ、
誰かに食べられたいと語る彼の声は
気味悪くその肉体から分離していた。
おそらくこれこそ彼が望む撮られ方なのだろう。
消費とモノ化は文化的言説やセクシャリティの常套句であるが、
佐川一政のフェチシズムは全く質の異なるものだ。
『CINEVUE』 Chris Machell
『カニバ』は今日の“道徳的多数派”にとって不快な映画であることは間違いない。
彼らがこの作品を搾取的・倒錯的であり、
頭から離れないほど不快であると クレームをつけることは容易に想像される。
だが、緻密で困難な 映像アプローチにより
、同作品は今年最も魅力的な映画となっている。
『Screen Anarchy』 Kart Halfyard
ベネチアでのプレミア上映で
半数の聴衆が途中退席した。
『The Globe and Mail』

イントロダクション

1981年、フランス・パリで起きた前代未聞の猟奇殺人事件に全世界が震えた。一人の日本人が、愛した女性を射殺し、彼女のすべてを食べつくした。その男の名は、佐川一政。事件から38年、佐川はカメラの前で何を語り、何を見せるのか…!? 世界は今、知られざる〈人間、佐川一政〉の姿を、こんなにも間近に、見ることになる。 あまりに衝撃的な内容に各国の映画祭で途中退場者続出! 日本のすべての配給会社は買付けを拒否! その一方、ヴェネチア国際映画祭オリゾンティ部門はこの作品に審査員特別賞を与え、世界の優れたドキュメンタリー作品に与えられるシネマ・アイ・オナーズ賞では、佐川一政がアンフォゲッタブルズ賞を受賞した。論争必至! 炎上上等! 全世界にスキャンダラスでセンセーショナルな旋風を巻き起こした映画史上空前のエクストリームな問題作が、この夏、遂に奇跡の日本解禁!  監督・製作・脚本・撮影・編集を手がけたのは、ロカルノ映画祭で国際映画批評家連盟賞を受賞した海洋ドキュメンタリー『リヴァイアサン』(12)で世界的に注目された、ハーバード大学感覚民族誌研究所のディレクターでもある人類学者で映像作家のルーシァン・キャステーヌ=テイラーと同研究所所属の映像作家ヴェレナ・パラヴェルのコンビ。
2人は東日本大震災後の福島を題材とする作品の調査中に、日本のピンク映画界に興味を持ち、来日して監督たちとの交流を深めて佐藤寿保監督の『眼球の夢』(16)をプロデュースするまでに至った。2人はその撮影中、同作に出演者として参加していた佐川一政と知り合い、本作の企画がスタートした。撮影は2015年6月から約1ヵ月にわたり、数多くの日本映画のスタッフの協力を得て行われた。 映画は2013年に脳梗塞で倒れて以来、実弟の介護を受けて暮らしている佐川一政に、至近距離からの徹底したクローズアップで密着する。さらに、幼い頃の8ミリのホームムービー、帰国後に佐川が描いた漫画、出演したAVなども盛り込みながら、彼に幼少期の思い出や起こした事件の詳細、帰国後の活動をふりかえらせ、闇を抱え続ける彼とそれを支える弟の“今”をむき出しにしていく。曖昧な記憶、鮮明な欲望、過剰な接近遭遇によって浮かび上がる魂の極北。これは、映画の常識を超越した、ある人間観察の記録である。 出演はほぼ全編、佐川一政と実弟、佐川純の兄弟2人だけだが、映画の終盤、佐川の希望で実現したというメイドのコスプレ姿の女性が佐川を介護する場面に、数多くのピンク映画やオリジナルビデオに出演する人気女優、里見瑶子が出演している。

メッセージ&コメント

『カニバ/パリ人肉事件38年目の真実』はカニバリズムの意味を問う映画だ。これまで佐川一政は安易な怒りの標的になったり、好奇の目で描かれる存在に過ぎなかったが、我々は彼のカニバリズム的欲望をそれに相応しい重々しさで扱うことを試みた。  カニバリズムは普通に思われているよりも“人間の条件”に近い。それは、カニバリズムが人類学的探究における古くからの主題であり続け、数々の文学作品でも陰に陽に描かれてきたことを思い起こせば十分だろう。  また、カニバリズムがセクシャリティとスピリチュアリティに密接に関わっていることも見逃してはならない。たとえば、他者と一つになるという欲望。キリスト教における化体と贖罪への憧れ。生理血嗜好や吸血といった行為はカニバリズム的欲望の1つの表現であるし、かつてポリネシア、アメリカ大陸、オーストラリア、アジア、ヨーロッパにおいて広くカニバリズムが行われていたことは、人類の進化にカニバリズムが大きく関与してきたことを裏付けている。つまり、カニバリズムは太古から人類の本質を成すものであり、現代において抑圧された途方もない欲望なのだ。  1981年6月13日、パリ第3大学の博士課程に在籍していた当時32歳の佐川一政は、2つのスーツケースをパリ郊外の公園に遺棄しているところを逮捕された。スーツケースの中には彼のクラスメートだったルネ・ハルデルベルトというオランダ人女性の腐乱死体が入っていた。その2日前の夕食時、ルネはエルランジェ十番通りにある佐川のアパートでドイツ・ロマン派の詩を翻訳していたところ、後頭部を銃で撃たれた。佐川はルネの遺体を屍姦し、その肉を食べた。その後、彼はブルーニュの森の池に彼女の遺体を捨てた。事件の2年後に彼は心神喪失で不起訴となり日本に送還された。1985年8月12日、佐川は精神病院から自ら退院している。  それ以来彼は自由人であり、自身の犯罪(小説、マンガ、無数のドキュメンタリー番組など。アダルトビデオでは犯罪の状況を再演した。加えて、料理評論家として糊口を凌いできた)。こうしたことからも分かるように、彼はカニバリズムを恥じていないどころか、それを飯の種にすることを自身の罪に対する適切な罰だと考えている。驚くべきことに、彼は今も人肉(最初は金髪の白人女性だったが、今は日本人への欲望が増している)を食べることへの絶え間ない欲望を語っている。  そうした理由から、佐川が犯した罪に対して紋切り型の道徳をふりかざしても、彼が演じているグロテスクな仮面を剥ぎ取り、その仮面の裏にある「弱弱しく混乱したひとりの人間」を炙りだすことはできない。本作では、佐川が自身の罪に対してある種の道徳的な罰、あるいは自身の食人的欲望に対する何らかの理解に到達しようと無駄に探し求める姿を見ることになる。  撮影は東京郊外にある彼の小さな自宅と病室で行われた。映像には彼の日常生活や、彼の弟である純さんとの長い対話が収録されている。佐川は数年前から脳梗塞に苦しみ、糖尿病を患っている。弟の純さんが甲斐甲斐しく佐川を介護している姿が映し出されるが、映像が進むにつれ、この2人の愛憎入り混じった複雑な関係がゆっくりと明らかになるだろう。
――監督・撮影・編集・製作:ヴェレナ・パラヴェル、 ルーシァン・キャステーヌ=テイラー
今から3年半前、ドキュメンタリー映画の第一人者であるヴェレナとルーシァンの 二人が来訪、私達のアパートで撮影された日々は私達兄弟にとって実に刺激的な ひと時でした。そのドキュメンタリーが今回日本で公開される事になり、 観賞される方達がどんな反応を示すか、心配でもあり恥ずかしくもあり と言うところでしょうか。どうか多くの方に来場していただくことを望む次第です。
――佐川 純
今現在、入院中ですが、良くなるよう祈っていただけると嬉しいです。
――佐川一政
佐川さんと出会ったのは20年程前、24時間佐川さんのお宅で過ごすという企画でした。 小説等を書いたりしている男の人、名前は佐川さん、ちょっと普通と違うところがある…それくらいの前情報だったように記憶している。  お茶をいただきながらお話しをして、打ち解けてきたところで、パリの事件の写真をテーブルの上に置かれて、「あなたはこれを知っても佐川さんと仲良くできますか?」と問われる。突然、カメラの向こう側に全ての人間の目がある事に気がついてしまった。嘘を言ったり、繕ったりしたりする事が怖くなった。たくさんの目から逃れる事はできないという野生の勘みたいなものが私の中で目覚めた気がした。そう感じたら、今、佐川さんと私は檻の中に二人だけ入れられて、みんなに見られている心細い心境同士に見えてきた。興味深い実験の場にいる意義に重きを置くためには、ありのままでいようとする事以外は思いつかなかった。  テレビやラジオ、映画、雑誌、そういうものとはあまり縁のない子供時代だった。作り物にはまりたくない。直接知ってるわけではない誰かのフィルターを通したものに影響を受けたくない感覚が何故かあったからなのか、そういうものに興味を持たずにやり過ごしていた。それでも、私はこの仕事をするようになってから直接関わりのある人たちと距離を置くようになった。佐川さんとの撮影が終わって、友達に会ったりした時、「ねぇねぇ聞いて、なんだかすごい経験しちゃったかもしれない、あのね、…」でもその後の言葉が続かない。それまで、嬉しい事もビックリした事も悲しい事も悩み事も、何かあったら友達に話したくてしょうがないって感じだったのに、遠慮だったのだと思う。撮影時、私自身最後に湧いてきたのは、この企画で私が壊れてしまったらどう責任とるつもりなんですか?という憤りみたいなものだったから。その一方で、この企画の面接を受けたのも、やりますって言ったのも私で、具体的な内容は知らなくても、想定内の事ではあって、追い詰められた私がどう出るかというのが、企画のおもしろみであるのだろうとも感じてはいた。 たくさん人がいるところに行くと、たまに、すっと誰かが近づいてきて「君、映画とか出てるでしょ?」と耳元で囁かれる。私を見つめる瞳の奥から僕は知ってるんだよって声が心に響いてくる。彼らの中の何かが満足したのだろうか。人に言わないでいる不安定な気持ちを持っているせいか、妄想もあるけど、その瞬間、ちょっとホッとする自分もいる。 この「カニバ」の撮影が始まって、佐川さんが私に会いたい、私と何か作品を作りたいと言っているとの連絡があり、まず二人の監督と会って、佐川さんと私が出会った撮影時の事を伝えた。聞いているお二人の反応は、面白がるという感じではなくて、親しい友達のようなものだった。言葉でのやりとりはできなかったけれど、あなたはそんなに傷つかなくていいんだよと伝えてくれている気がした。人類学者の視点なのかしら?と根拠もなく、自分が持ち得ていない何かもっと大きな世界観からの価値観とこれから出会うんじゃないかという予感がした。  佐川さんからの具体的な提案はなさそうだったので、私としてはノープランで佐川さんのお宅に2回撮影の為に伺った。1回目は、その場の思いつきで佐川さんの絵を描いたり、お話しをしたり、2回目は用意されていたメイド服を来て散歩したりお話ししたり。ヴェレナとルーシァンが私に何故メイド服を用意したのか、その意図は分からなかった。ちょうどそのタイミングで映画館で上映されていた私の出演映画があって、その中で私がメイド服を着ているのを見て思いついたらしい。でも、なぜ?私は嫌だったけれど、着た。もし、その日私が着ていた私服だったら、佐川さんと話す内容も違うものになったことは確かだ。  二人はそれぞれカメラを回し、私たちの周りを色々と動いて撮影していた。カメラが一台じゃない事、色々と動いているので、いつの間にか、どこにカメラがあるのかを全く気にしなくなっていった。 佐川さんと出会った作品を、私は当時観れませんでした。撮影現場で感じたもの、それだけが私にとって全てだと思ったし、作品はそれとはきっと違うものになっていて、そのギャップを受け止める勇気が持てなかった。そして今もまだ観ていない。あれから20年程たった今、「カニバ」を観た今、あれを観る機会をどうしようかと思いあぐねています。私の記憶と映像に残っている私の言葉には違いがあるのだろうとも思う。その違いの中に、重要な発見があるような気もしている。 あの時より長く生きてきて、今は、他人が必要。繋がりたい、関わりたい、一緒に過ごしたいっていう気持ちが大きくなってきている。  先日、佐藤寿保監督と佐川さんに会いに行ってきた。佐川さんは笑顔で私に手を伸ばしてきて、私はその手を握った。みんなで話しをしている間そのままでいた。寿保監督は佐川さんの足をずっと握っていた。 ヴェレナとルーシァンの「カニバ」は、一度で終わるはずだった私と佐川さんとの二度目のドキュメンタリーとなった。
――里見瑤子
最初~中盤までは、なぜこんなもの見させられてんだという気持ち悪さに泣けたが、中盤~結末は理不尽な感動で泣いてしまった。ただ、これ主役は佐川君ではなく弟さんだろう。
――岩井志麻子(作家)
この映画を観るのは、一回でも多すぎる。始まってから15分ぐらいまで、ゲテモノ映画かと思っていたら、長い苦しみの果てに救済が待っていた。「奇跡は起こった」。 映画の撮影と編集術が改めて勉強になった。これは正しい文法に沿った王道の作品だ。本作とカール・テオドア・ドライヤーの『裁かるるジャンヌ』を重ねる僕も、気が狂っているのだろうか。
――樋口毅宏(小説家)
「この顔にしか物語はない」と断言するかのように佐川兄弟に肉薄するカメラ。それこそが監督たちの方法論なのだろう。観客はここではないどこかに連れて行かれ、各々の倫理と向き合わされる。その時間は決して気持ちのいいものではないのだが、目が離せない。世界をこんな風に見つめている視線が、恐い。佐川氏だけでなく、本作のカメラそのものが。
――松江哲明(ドキュメンタリー監督)
その欲望が「自分の欲望」であって、「他者の欲望」でないことを確認する術はない。マゾヒズム、あるいは食人によってさえ、その欲望を「自分のものにする」ことが永遠に不可能なのは「大文字の他者」が不在だからにほかならない。
――高橋ヨシキ(デザイナー/映画評論家)
1999年7の月……ノストラダムスの予言に怯えていた私の目の前に現れたのは……原宿のカフェで偶然見かけた佐川一政氏でした。恐怖の大魔王は佐川氏だったのかと、戦慄した記憶があります。それから長い時が経ち、映画の中で見た佐川氏は……全然変わっていない!?しわがほとんどなく、のっぺりした顔は時が止まっているかのようです。人肉とか人魚の肉とか、もしかして不老不死伝説って実際あるのでしょうか……。もちろん被害者とその周りの人にとっても忌まわしい事件から時がフリーズしたままだと思われるので、心からご冥福をお祈りいたします。
――辛酸なめこ(コラムニスト)
「二度と見たくない」
――しみけん(AV男優)
この作品は佐川一政との第三種接近遭遇だ!あの事件、子供時代、そして今、剥き出しとなったリアリティが良心の動揺を引き起こすカウンター精神に裏付けられた傑作である。
――ケロッピー前田(身体改造ジャーナリスト論家)
十年前に会った佐川一政は饒舌な虚言者だった。今や彼は沈黙し、その弟が兄の分まで張り切って己の性癖を開陳する。変態なんて珍しくないし、カニバリストは佐川だけではない。でも二人は、自分たちを特別な存在だと思っている。いや、思いたがっているようだ。自分が特別であることを証明せずにはいられぬ病……兄弟のこの宿病は、我々にとっても決して他人事ではない。だからこそ、彼らは痛々しいほど凡庸なのである。
――中村うさぎ(作家)
正直、こういう題材の作品に関しては、今まであえて避けて通って来たように思います。でも、同じ日本人の彼がカニバリズムという私たちには分かり得ない欲求をもっているのは事実で、知りたくなかったような、知りたかったような不気味な感覚に駆られました。
――岸 明日香(タレント)
殺人を犯した人のドキュメンタリーは初めて観ました。画面目一杯に繰り返し長時間映る佐川の顔はとても薄気味悪く、猟奇的な事件だったということを物語っていました。佐川にとってあの事件のことは昨日のことのように繊細に脳裏に焼き付いているんだと感じ、言葉を失いました。事件当日は私はまだ生まれていなかったのでカニバリズムについて知らない部分があったのが正直なところですが、この作品を通してとても悍ましい事件を知ることができました。物語のような嘘のような事件ですがこれが現実だということを知り、人がまさかできることではないだろうとも思うのですが、彼は紛れもなく、私達と同じ人間なんだと感じました。
――今野杏南(タレント)
宣伝コメントで衝撃、戦慄、などという言葉が躍りそうだが、それでいて弛緩と倦怠の映画でもある。意外な展開が起こる後半まで我慢して観てほしいが、終わったあと心に残るのはそのストーリーよりも、主人公とその弟の髭の剃り跡、振戦する手、咀嚼するピンボケの口元、もみあげの白髪、毛穴、傷痕、ずっと着ているボーダーのシャツといった、細部の洪水である。
――能町みね子(エッセイスト・漫画家)
映画という距離で彼らを観れた私たちはついてる。
――倉田真由美(漫画家)

スタッフ&キャスト

監督 Director / Cinematographer / Editor / Producer

ヴェレナ・パラヴェル
Verena Paravel
ハーバード大学感覚民族誌学研究所に所属するフランス人映画作家、人類学者。彼女の作品は、ボストン、パリ、ニューヨークのギャラリーで上映され、ニューヨーク近代美術館の常設コレクションに収蔵されている。これまで「Foreign Parts」(J.P.Sniadeckiと共同監督、2010)、「Interface Series」(2009-10)、「7Queens」(2008)などを発表。「Foreign Parts」は2010年ロカルノ国際映画祭で最優秀初長編・審査員特別賞、2011年プントデヴィスタでグランプリを受賞。ニューヨーク・タイムズ批評欄の推薦リストに選ばれ、2010年ニューヨーク映画祭と2010年ウィーン国際映画祭に正式招待された。現在パリのSPEAP(School of Political Arts)マスタークラスの教員であり、ハーバード大学でも人類学を教えている。
ルーシァン・キャステーヌ=テイラー
Lucien Castaing-Taylor
ハーバード大学感覚民族誌学研究所のディレクターであり、映像作家。後期旧石器時代以降の人間と動物たちとが1万年ものあいだ育んできた不安定な関係、同時にアメリカ西部開拓時代についての非感傷的なエレジーである「Sweetgrass」(共同監督IIisa Barbash、2009)、西部劇が喚起する田舎の魅惑やその両義性についてのヴィデオ・インスタレーションと写真のシリーズ「Hell Roaring Creek」(2010)、「The High Trail」(2010)などを発表。他にトランスナショナルなアフリカ美術市場における正統性や鑑識眼、人種間の政治学を問う民俗誌のヴィデオ作品「In and Out of Africa」(共同監督llisa Barbash、1992)や、ロサンゼルスの衣料品製造業における児童労働と搾取工場を映した「Made in USA」(共同監督llisa Barbash、1990)などがある。

キャスト

佐川一政
Issei Sagawa
1949年4月26日、兵庫県神戸市生まれ。聖ミカエル学園から神奈川県立鎌倉高等学校を経て和光大学人文学部文学科卒業、関西学院大学大学院文学研究科英文学専攻修士課程修了、パリ第3大学大学院比較文学専攻修士課程修了。1981年(昭和56年)の時点では身長152cm、体重35kg。 祖父は朝日新聞論説委員であり、父は伊藤忠商事からの出向により栗田工業社長を務めた佐川明。 叔父は、歌手・俳優の佐川満男。
――生い立ち
生まれた時は父親の手のひらに乗るほどの未熟児だった。 出生1年後には腸炎を患い、カリウムとカルシウムの静脈注射で命を長らえるような状態であり、両親は果たして何歳まで生きられるかと心配したが、虚弱体質だったものの順調に成長していった。 内向的な性格ということもあり、文学では『嵐が丘』『戦争と平和』などのほか、シェークスピアに興味を示し、音楽ではベートーヴェンやヘンデルを愛した芸術少年だった。 高校時代には白樺派に傾倒し、志賀直哉の『暗夜行路』に影響を受けて短編小説を書いたことがある他、紹介状も持たず武者小路実篤に会いに行き、武者小路の書斎で1時間ほど面談したこともある。 すでに小学生の頃、幼い子供を誘拐しては鍋で煮込んで食べる魔法使いの話を叔父から何度も聞かされ、人肉を食することに興味を抱いていたといわれ、高校時代には精神科医にたびたび相談したが、取り合ってもらえなかった。 佐川の異常な性癖はやがて表に表れることになる。和光大学在学時代には中年のドイツ人女性宅に無断で入り、逮捕されたが、父親が支払った示談金により、告訴はされなかった。 1976年(昭和51年)、関西学院大学大学院文学研究科英文学専攻修士課程修了。
――フランス留学
1977年(昭和52年)からフランスに留学し、1980年(昭和55年)、パリ第3大学大学院比較文学専攻修士課程修了。 引き続き同大学院博士課程に在籍していた1981年(昭和56年)6月11日、佐川は同大学のオランダ人女性留学生(当時25歳)が自室を訪れた際、彼女を背後からカービンで撃って殺害。 屍姦の後、解体し写真に撮り、いくつかの部分の肉を食べた。そのあと佐川は女性の遺体を遺棄しようとしているところを目撃されて逮捕され、犯行を自供したが、取調べにおける「昔、腹膜炎をやった」という発言を通訳が「脳膜炎」と誤訳したことから、精神鑑定の結果、心身喪失状態での犯行と判断され、不起訴処分となった。 その後、アンリ・コラン精神病院に措置入院させられたが、この最中にこの人肉事件の映画化の話が持ち上がる。佐川は劇作家の唐十郎に依頼するも、唐は佐川が望んでいなかった小説版「佐川君からの手紙」(『文藝』1982年11月号)で第88回芥川賞を受賞する。
――日本帰国後
1984年(昭和59年)に日本へ帰国し、精神病院である東京都立松沢病院に入院した。同病院での診察では、佐川は人肉食の性癖は持っておらず、フランス警察に対する欺瞞であったという結論であった。副院長の金子嗣郎は、“佐川は精神病ではなく人格障害であり、刑事責任を問われるべきであり、フランスの病院は佐川が1歳の時に患った腸炎を脳炎と取り違えて、それで誤った判断を下したのではないか”としている。日本警察もまったく同じ考えであり、佐川を逮捕して再び裁判にかける方針であったが、フランス警察が「不起訴処分になった者の捜査資料を引き渡すことはできない」として拒否した。 同院を15カ月で退院した佐川は、マスコミに有名人として扱われ、小説家になった。その頃、日本の病院と警察がそろって刑事責任を追及すべきという方針であったのに、フランス警察の方針により、それが不可能になったことから、社会的制裁を受けるべきだという世論が起きた。両親もこの事件の結果、父親は会社を退職することになり、母親は神経症の病気を患ったという。 社会復帰後、1989年(平成元年)の宮崎勤逮捕では、猟奇犯罪の理解者としてマスコミの寵児となり、忙しい時は月刊誌や夕刊紙など4紙誌に連載を持っていた。印税収入だけで100万円に達した月があった他、講演やトークショーにも出演して稼いでいた。また、1本30万円のギャラでアダルトビデオに出演していたこともある。しかし2001年(平成13年)頃までにはほとんどの仕事が途絶え、生活に困って闇金に手を出すようになる。「ぜんぜん反省しなくて、相変わらず白人女性と付き合う、それにはお金がいるというんで、初めのうちはおやじの財布から万札をいちどぬいたぐらいですけど、だんだんデッドヒートして、おとうとのチェロを売り飛ばしたり、絵を売り飛ばしたり、最後には(クレジット)カードまで使って」と自ら語っている。1993年に知り合ったドイツ人男性から白人女性2名を紹介され、肉体関係を持たぬまま金蔓として利用され、共に海外旅行を楽しんだが、やがて佐川の過去が露見したために絶交された、という。 2005年(平成17年)1月4日に父が死去。翌日に母が自殺。当時、佐川は闇金の取立てに追われて千葉県に逃げていたため、両親の死に目に会えず、社葬という理由で葬儀への出席も断られた。その後、親の遺産で借金などを返し、2005年(平成17年)4月に公団住宅に転居。千葉県に住んでいた頃は、持病の糖尿病が悪化し、生活保護を受けていたが、2006年(平成18年)のインタビューでは「現在は受けていません」と語っている。 過去には500通ほどの履歴書を書き、会社回りをしたものの、ことごとく採用を拒否されているという。一度だけ「本名で応募してくる根性が気に入った」と採用決定された語学学校もあったが、職員たちの反対を受けて不採用となる。小説を執筆しているが、どこの出版社からも取り上げられないと語っている。
――エピソード
ザ・ローリング・ストーンズが佐川のパリ事件を歌にしている。1983年(昭和58年)の12インチシングル「Too Much Blood」がそれである(12インチシングルとしては日本では未発売)。事件発覚時にミック・ジャガーはパリに滞在しており、ニュースの全容を知り、ショックを受け、本作を書き下ろしたのだった。ジャケットはジャガーの驚愕の表情で、あたかもホラー映画の一場面のように恐ろしい映像である。通常バージョンは同年発売されたLP『アンダーカヴァー』B面1曲目にも収録されている(のちにCD化)。発売はいずれもローリング・ストーンズ・レコードから。
――著書
・『霧の中』話の特集 (1984)(彩流社 2002年)
・『生きていてすみません-僕が本を書く理由』北宋社 (1990)
・『サンテ』角川書店 (1990)
・『カニバリズム幻想』北宋社 (1991)
・『蜃気楼』河出書房新社 (1991)
・『喰べられたい 確信犯の肖像』ミリオン出版 (1993)
・『華のパリ愛のパリ 佐川君のパリ・ガイド』アイピーシー (1994)
・『少年A』ポケットブック社 (1997)
・『殺したい奴ら 多重人格者からのメッセージ』データハウス (1997)
・『まんがサガワさん』オークラ出版 (2000)
・『霧の中の真実』鹿砦社 (2002)
・『業火』作品社 (2006)
・『極私的美女幻想』ごま書房 (2008)
・『新宿ガイジンハウス』作品社 (2012)
――共著
・『狂気にあらず!? 「パリ人肉事件」佐川一政の精神鑑定』コリン・ウィルソン、天野哲夫 第三書館 (1995)
・『饗 カニバル』コリン・ウィルソン 柳下毅一郎翻訳・構成 竹書房 (1996)
・『パリ人肉事件 無法松の一政』根本敬 河出書房新社 (1998)
――出演作品
・「お天気お姉さん」 (1995)
・「実録SEX犯罪ファイル 」(1998)
・「神様の愛い奴」(1998)
・「エロのから騒ぎ~Much Ado About Eros~第2期生 」(2003)
・「眼球の夢」(2016)

※出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 https://ja.wikipedia.org/wiki/佐川一政
佐川純
Jun Sagawa
1950年生まれ。 慶応義塾大学卒業後、画家を目指し東京デザイナー学院に入学。同校卒業後、大手広告代理店勤務。 2000年50歳の時に退職。 その後油彩画家として活動を始める。 趣味はオーケストラでチェロを弾くこと。
里見瑤子
Yoko Satomi
『実録SEX犯罪ファイル』1998年 高槻彰監督 里中ゆり名義で出演。 この撮影で佐川さんと出会う。 これをきっかけとして、里見瑤子に統一していくようになっていく。 佐川さんとの出会ったことの影響があると思っている出演作。 ・『駅弁』梶俊吾監督(1999年)白鳥さき名義
・『おなら』井口昇監督(1998年)里中ゆり名義
・『痴漢チン入乱入電車』小林悟監督(1998年)
・『少女地獄1999』山内大輔監督(1999年)
・『令嬢告白・汚された振袖 ひぐらし』光石冨士朗監督(1999年)
・『小鳥の水浴』レナード メルフィ作 かわさきひろゆき演出(2000年)
・『欲望に狂った愛獣たち』山内大輔監督(2014年)
・『聖ミカエラ学園漂流記』脚本/演出原案 高取英(2019年)